長野が沖縄を逆転!
長寿県・短命県を分けた「新・生活習慣病」
都道府県別”長寿番付”が物語る「日本人の危機」
森下竜一(大阪大学教授)/島袋充生(徳島大学特任教授)
2月28日、厚労省が発表した「平成22年都道府県別生命表」いわゆる長寿番付(表1)の結果は、沖縄県の医療関係者に衝撃を与えた。
というのも、1975年の調査以来、1位を維持してきた沖縄県女性の平均寿命が、3位(87.05歳)に転落したからである。沖縄県は、男性も79.40歳で全国30位(前回25位)となり、調査開始以来の史上最低記録を更新してしまった。
その沖縄県に替わって、初の女性1位を獲得したのが長野県(87.18歳)。長野県は男性も80.88歳で前回に引き続き」位を確保、長寿ナンバーワン県の称号を手にした。
何が長寿県と短命県を分けるのか。
「沖縄と長野の差を生んでいる最大の原因は、65歳未満で亡くなる。早世率”の違いです。沖縄の早世率は約27%、実に三人に一人が65歳未満で亡くなっている。対して長野県の早世率は、その半分以下です」
そう指摘するのは、自身も沖縄県の出身である徳島大学大学院心臓血管病態医学分野の島袋充生特任教授だ。島袋氏は、さらに沖縄県で65歳未満で亡くなる人たちの死因に着目する。
「心疾患と脳梗塞の伸び率は沖縄県で最も多い。これらを引き起こしているのは、欧米型の食生活が浸透したことによる。肥満”に他なりません」
2008年に発表された内閣府の食育白書によると、沖縄県の20歳から69歳までの男性の肥満率は46.7%。女性も39.4%と、いずれも全国一位を記録している。
「つまり沖縄県の男性と女性で、食べているものや生活習慣に違いがあるわけではない。にもかかわらず、長寿番付では、男性が2000年にベスト10から外れたのに対して、女性が一位の座から転落したのはそれから十年後、つまり今回が初めてです。この十年間のタイムラグにこそ、”長寿最大の敵”を暴くヒントがあります」
なぜ沖縄の女性は、この十年間、上位の座を維持できたのか。
「一般的に、女性は男性より長生きですが、特にメタボリックシンドロームが寿命に与える影響には男女差があります。最新の研究では、女性のほうが男性よりも脂肪に対する耐性が高いことがわかってきました。この脂肪こそが”長寿の最大の敵”なんです」
表2は長寿一位の長野県と沖縄県の一日の食品群別摂取量と栄養素摂取量を比較したものである。
「沖縄は肉類の摂取量は全国一位ですが、魚介類、野菜類、果実類は軒並み全国最下位。対して長野県は突出して摂取量が多い食品もありませんが、ほとんどの食品で20位内とバランスがとれていることがわかります」
問題は、肥満のもととなる脂質の摂取量である。
「一日の摂取エネルギーは沖縄(47位)は長野(13位)より低いのですが、摂取エネルギーに占める脂質の割合(脂質エネルギー比)で比較すると、沖縄は29.4%(一位)で、長野の26.8%(28位)を上回っています。この差は若い世代ほど顕著で、沖縄の若い世代の脂質の割合は32~34%に達します」
その背景には、沖縄では戦後、米軍占領下で、他県に先駆けて欧米食が定着したことがある。
「戦前・戦中・戦後の一時期まで沖縄の食料事情は悪く、結果的に琉球野菜・芋類を中心とした、いわゆる粗食が浸透していて、このときの”貯金”が、沖縄を長寿県たらしめていました。しかし米軍占領下で、スパムやハンバーガーなど欧米の食文化が入ってくると、沖縄県人の食生活が脂質中心へと一変します。70年代から県民一人あたりのファストフード店の割合は全国一位です」(島袋氏)
長寿県と短命県
では、具体的に脂肪はどのように身体に悪影響を及ぽすのだろうか。
「食べ物から摂取された脂肪のうち、エネルギーとして利用されなかったものは皮下脂肪や内臓脂肪ばかりでたく、血管や肝臓、心臓周囲など本来、脂肪を溜める組織ではない場所にも溜まります。これを『異所性脂肪』と呼び、脂肪肝や糖尿病、心臓病に直結します。また溜まった脂肪から出てくる飽和脂肪酸は、心臓や全身の血管に悪い影響を及ぼす。これを『脂肪毒性』と呼び、異所性脂肪と脂肪毒性のWパンチで、心臓病や脳卒中のリスクが高まるわけです」(島袋氏)
大阪大学大学院医学系研究科の森下竜一教授も、脂肪が健康に及ぼす悪影響に注目している。
「例えば心筋梗塞を引き起こすのは、これまで悪玉コレステロール(LDLコレステロール)だと考えられてきました。ところが、最近、LDLはスタチンなどのコレステロール降下剤によって、かなり改善が可能になった。そこで改めて浮上してきたのが中性脂肪です。最近では中性脂肪の値がそのまま心筋梗塞や脳梗塞のリスクに直結していることがわかってきたんです」
それを裏づける興味深いデータがある。前出の島袋氏が、沖縄と長野で合わせて2800人を対象に首の血管のプラーク(動脈硬化で生じたコブ)を比較したところ、沖縄は長野の1.5倍近い厚みがあることに加えて、次のようなことがわかったという。
「悪玉コレステロールの平均は、実は長野の方が、沖縄よりも高い。沖縄はむしろ全国平均よりも低いくらいです。つまりコレステロールが高いという理由だけで心筋梗塞や脳梗塞が起こるわけではない。では何が引き起こしているかといえば、やはり中性脂肪なんです。中性脂肪の値で、沖縄は長野を、はるかに上回っていました」
前出の森下氏は中性脂肪を上げる「悪のトライアングル」があるという。
「食事の油だけ、つまりコレステロールだけだと実は中性脂肪はあまり上がらないんです。コレステロールに炭水化物とアルコールが加わると、一気に跳ね上がる。その意味でも一日三回の食事が、健康に与える影響は大きいことは言うまでもありません」
ここで再び、長寿県ランキングに目を移すと、上位県・下位県それぞれの特徴が見えてくる。
「男性で前回に引き続き二位の滋賀県や男女とも上位の熊本県などは、食品群別の摂取量をみると比較的バランスの良い『長野型長寿県』といえます。地方でも比較的公共交通が発達していて、極端な車社会ではないという特徴もあります。逆に八回連続最下位の青森県や岩手県、福島県などの下位グループは、いわゆる”酒どころ”が多く、青森などは飲酒習慣率で全国一位、”悪のトライアングル”にはまりやすくなってしまっています。また、酒のつまみなどで、塩分の摂取量も比較的高い」(森下氏)
では中性脂肪の影響はどうだろうか。前出の島袋氏はこう指摘する。
「様々な要因が複雑に絡み合っているので、中性脂肪の値がそのまま長寿ランキングに反映されるわけではありませんが、やはり中性脂肪が高い県は寿命が短くなる傾向はあります」
戦前からの県別の平均寿命の推移を分析すると、おおむね次の四つのグループに大別できるという。
①戦前から一貫して平均寿命が長い地域(長野県や沖縄県)
②戦前はや均な命で晨上位グループだったが、戦後は最下位水準まで低下した地域(和歌山県、栃木県、福島県、高知県など)
③戦前は最下位グループだったが近年は最上位水準に上がった地域(福井県、富山県、石川県)
④戦前から一貫して平均寿命が短い地域(秋田県、青森県)
注目すべきは、②のグループがなぜ低下し、③のグループがなぜ上がったかであろう。島袋氏はこう説明する。
「②のグループは、気候温暖な土地で、戦前から感染症死が少なかった可能性があります。なぜ下がったのか。戦後は都市に近い地域が長寿になる傾向があります。その意味で、和歌山などは近隣の奈良・三重に比べて寿命の改善が遅れている。同じ傾向は、栃木県や福島県にもありそうです」
では③のグループはどうか。
「北陸は過酷な気候のせいもあって、男女とも戦前より平均寿命が短かった。ただ戦後、食生活の改善にともない、心臓血管病リスクが他県と比べて、より少なくなった可能性があります。これらの地域では心筋梗塞と脳卒中が全国でも極めて少ないんです。低塩分、豆、野菜、いも類、魚食が多いバランスの良い食生活や、保健行政の改善も関与しているようです」
また②・③のグループについては、中性脂肪との関連もうかがえる。
「和歌山や栃木などは、中性脂肪が高く、これがランキングが低下した一因であることをうかがわせます。逆に③の福井や富山などは、みんな中性脂肪の値が低い。このグループは、有名な米どころでもあって、2008年の総務省のデータによると米の消費量で、富山は全国二位、石川は三位、福井は七位となっています。糖質摂取型の食生活といえるかもしれません」
さらに島袋氏は「偶然かもしれませんが……」と前置きしながら、こう続ける。
「和歌山や栃木などは、ご当地ラーメンで有名な地域でもあります。ラーメンに入っているラードは、まさに動物性脂肪の塊ですから、やはり習慣的に食べ続けると、『脂肪毒性』による影響が確実に出ると思います」
新・生活習慣病
実は脂肪の脅威は、地域を越えて日本全体を脅かしつつある。
「沖縄は50年前から欧米食を食べ続けた影響が今、出てきているわけですが、30年ほど前から、他県にも欧米食は浸透しているわけです。あと20年後には、日本全体が”沖縄化”するかもしれない」(島袋氏)
森下氏もこう警鐘を鳴らす。
「今や日本人男性のコレステロール摂取量は、アメリカ人男性の摂取量を上回っています。アメリカは国を挙げて肥満対策に取り組んだ成果がでている。最近では、日本人は欧米人に比べて、肝臓に脂肪を蓄積しやすいこともわかってきました。つまり同じファストフードを食べていても、日本人のほうが欧米人よりも身体へのダメージは大きいという言い方もできます」
こうした現状を踏まえて、森下氏は、日本人の健康を脅かす中性脂肪が原因となる「新・生活習慣病」という概念を提唱する。
「肥満、脂肪肝、そして食後高脂血症の三つです。例えば肥満率でみると、一位の沖縄県を、二位の宮崎県以下が”猛追”している状況で、成人男性の二人に一人が肥満という状況が現実的になりつつある。脂肪肝についていえば、日本人の成人男性の約三分の一が脂肪肝というデータがあります」
特に森下氏が注目するのは、「食後高脂血症」である。食後高脂血症とは、食後に中性脂肪が上昇し、血液がドロドロになり血栓が詰まりやすくなった状態を指す。脂っこいものが好きな人、三食しっかり食べている人は、この状態になっている可能性が高い。「食事で摂った中性脂肪のピークは約六時間後で、このとき血液がもっともドロドロになる。とすると朝七時に朝食を食べると、ピークは昼の一時になりますが、その頃には、多くの人は昼食を食べているわけです。さらにその六時間後にピークを迎える夜七時ごろに、また夕食を食べる。そのピークは深夜一時ですが、その頃には、皆さん就寝されて水分もほとんどとらない。
つまり多くの日本人は、一日の大半を”食後”しかも、血液がドロドロの状態で過ごしていることになります」
どうすれば中性脂肪を抑制することができるのか。森下氏はこう語る。
「青魚などに多く含まれるEPAやDHAには、中性脂肪を下げる効果があります。これらをサプリメントなどで補う方法もありますが、コレステロールと違って、中性脂肪に対しては劇的に効く薬は、まだまだ少ない。結局、食事の際に脂質のとりすぎに気をつけて、適度な運動を心がけるしかない。その分、自分の力で明日から取り組める”対策”であるともいえます」
”長寿番付”は、将来、日本を襲う危機の本質を、雄弁に物語っている。
文芸春秋 2013年5月号
特集・医療と健康の常識を疑え